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札幌地方裁判所 平成2年(ヨ)315号 決定

債権者

清水野博

右代理人弁護士

佐藤義雄

債務者

エイト交通株式会社

右代表者代表取締役

鈴木行男

右代理人弁護士

丸岡敏

主文

一  債権者が債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、金四三万九七一九円及び平成二年九月一日から本案の第一審判決言渡に至るまで毎月一五日限り月額金一四万六五七三円の割合による金員を仮に支払え。

三  申請費用は債務者の負担とする。

事実及び理由

第一申立

一  債権者が債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成二年六月一日から本案の第一審判決言渡しに至るまで毎月一五日限り二三万二九三一円の割合による金員を仮に支払え。

第二事案の概要

一  本件は、タクシー会社の運転手であった債権者が、使用者であった債務者のした懲戒解雇の意思表示は無効であるとして、債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めることと賃金の仮払いを求めた事案である。

二  争いのない事実

1  債務者は約二三名の運転手を雇用するタクシー会社であり、債権者は、昭和五六年五月から債務者の運転手として雇用され、平成二年五月三一日まで勤務し、その間毎月一五日に月額平均一七万〇八四九円の賃金の支払を受けていたものである。

債権者は、債務者の運転手七名で組織されているエイト交通労働組合(以下、「組合」という。)の執行委員長である。

2  債務者は、平成二年六月一日、以下の(一)ないし(三)を理由として債権者を懲戒解雇(以下、「本件解雇」という。)した。

(一) 債権者が平成元年九月四日無断欠勤した。

(二) 債権者が平成二年五月二四日債務者代表者の呼出命令に応じなかった。

(三) 債権者が平成二年五月二五日勤務中に同僚に傷害を負わせた。

三  争点

1  債権者の主張

(一) 被保全権利

(1) 債務者が処分理由としてあげるものはいずれも懲戒解雇事由に当たらない。

ア 無断欠勤とする点について

債権者は、平成元年九月四日を年次有給休暇日とする請求をし、債務者はこれに対し時季変更権を行使しなかったのであるから、同日を休暇日とすることが確定したものである。したがって、債権者は無断欠勤したことにはならない。

イ 呼出の命令に応じなかったとする点について

債務者の代表者の呼出は、勤務時間外であったうえ、当時組合が北海道地方労働委員会に不当労働行為の救済申立をしたことに対する報復としてなされたものであったから、これを団体交渉の場で解決したいと伝えて、債権者はこれに応じなかったものであり、懲戒の事由となるものではない。

ウ 同僚に対する傷害の点について

事実無根である。

(2) 少なくとも本件解雇は、懲戒権の濫用にあたり無効である。

(3) また本件解雇は、不当労働行為に該当し無効である。

債務者は、平成元年六月ころから組合を敵視するようになり、労働組合幹部経験者である保井忠義(以下、「保井」という。)を労務顧問とし、組合の弱体化を企図して、組合からの脱退者で第二組合を作ったり、平成元年九月六日それまでの協定及び確認書を一方的に破棄したうえ、同年一二月三〇日には就業規則等を組合の同意を得ないまま一方的に実施すると通告するなどした。そこで、組合が平成二年五月一〇日北海道地方労働委員会に不当労働行為の救済を申し立てたところ、債務者代表者は、債権者ら四名の組合員に対し時間外の呼出をし、これに応じなかった同人らを懲戒処分したものである。

右のとおり、本件解雇は、債権者の組合活動を嫌悪し、不当労働行為の救済申立に対する報復として、組合を弱体化させる意図に出たもので、不当労働行為に該当し無効である。

(4) 債権者は、債務者と雇用契約関係にあって、債務者に対し雇用契約に基づく賃金請求権を有するものである。

(二) 保全の必要性

債権者は、債務者からの毎月の賃金、夏季及び冬季の一時金を唯一の収入として生活を営んでおり、本案訴訟の勝訴判決まで賃金を得ることができない場合は訴訟そのものの追行が不能となる。

2  債務者の主張(懲戒解雇事由の存在)

(一) 無断欠勤

債権者は、平成元年九月四日、何らの有給休暇申請手続をとらず、無断欠勤した。これは、旧就業規則(昭和六二年七月二七日実施)三三条、三四条四項、旧賞罰規定(同上)五条に該当する。

(二) 業務命令違反

債権者は、平成二年一月か二月ころ、実際にタクシーに乗車していない澤田美香(以下、「澤田」という。)に債務者名義の仮領収証を交付し、同人に保険会社に対する損害賠償請求の証拠としてこれを使用させた。

債務者代表者は、債権者の行った詐欺(共犯)の事実の取調べをするため、同年五月二三日午後一時芦別市内の昇龍閣に出頭せよとの業務命令を出したが、債権者はこれに違反して出頭しなかった。

これは、就業規則(平成元年一一月二一日実施)五条、賞罰規定(同上)一四条三項、一五条二二項に該当する。

(三) 傷害

債権者は、平成二年五月二五日、勤務中に債務者の従業員である和蛇田芳雄(以下、「和蛇田」という。)に対し、「洗車がいいかげんだ。」などと言いがかりをつけて、同人の右腕を堅くつかんで押したり引いたりして、同人に対し全治二週間の傷害を負わせた。

これは、就業規則五条、八条一九項、三八条一三項、賞罰規定一四条七項、一五条六項、九項に該当する。

第三争点に対する判断

一  一件記録によれば、以下の事実が一応認められる。

1  債権者は、債務者から得る賃金により一家四人の生計をたてており、昭和六三年五月一日から組合の執行委員長を務めている。

2  平成元年四月二一日、債務者において臨時株主総会が開催され、それまでの大鎌幸雄にかわって、専務取締役に島口浩(以下、「島口」という。)が就任した。

保井は、同年八月二二日、島口の要請で債務者の労務顧問に就任し、さらに平成二年七月四日にはその取締役に就任した。

3  債務者は、平成元年九月一六日、組合に対して、従来組合との間で締結していた協定書、覚書及び確認書のすべてについて、労働組合法一五条三項、四項に基づいて解約すると通知し、同年一二月三〇日付で、債務者の従業員にあてて、債務者が従業員に対して新たに提案した、就業規則の発効による取扱細則、給与規定、賃金体系及び勤務ダイヤについて、同意書に署名・捺印するよう呼びかける内容の掲示を行った。

4  平成二年一月一五日、北野俊之及び和蛇田が発起人となって、「エイト交通親睦会」の結成及び代表者選出の呼びかけが行われ、同年三月二四日には組合員一五名の「エイト交通従業員組合」(執行委員長星見英昭、書記長北野俊之、執行委員和蛇田及び貝田)が結成された。これ以後、組合は、従業員が約二三名の債務者内において少数組合となった。

5  債権者は、平成元年九月四日は勤務日であり、午前九時から勤務を開始したが、その後急に組合用務が生じたため、同日と翌日の二日間にわたって有給休暇を取得しようと考えてその旨の年次有給休暇願を作成し、島口専務に提出しようとして、午前一一時三〇分ころ債務者の事務室に行った。

しかし、専務も配車係も不在であったので、居合わせた女性事務員繁泉に休暇をとることを伝えたうえ、年次有給休暇願を債務者事務室の島口専務の机の上に置いて、右両日(四日は午前一一時三〇分ころ以降)勤務しなかった。

債務者の当時の就業規則第三四条四項には「年次有給休暇を請求するときは事前に所定の様式によって会社に願い出て承認を受けなければならない。年次有給休暇は原則として従業員の請求するときに与える。但し、業務の都合によりその時季を変更することがある。」と定められていた。

しかし、従来、債務者においては事前に年次有給休暇願を提出せずに有給休暇を取得することが容認されており、また、有給休暇の届出をするには、その旨の年次有給休暇願を専務の机の上に提出して置けば足りる取り扱いが行われており、有給休暇の届出に対し時季変更権が行使されたこともなかった。

6  債権者は、平成元年一二月から平成二年一月までの間、澤田の求めに応じて債務者の作成名義で金額欄空白の仮領収書を発行し、また、そのころ澤田から乗車一回について二〇〇円程度のチップ(合計約一六〇〇円)を受け取っていた。

澤田は、右の仮領収書に金額を記入したうえ、これを証拠資料に使って、記載金額の交通費を支出したとして、A・I・U保険会社に保険金の請求をしたところ、同保険会社から真実澤田が右金額全額を支払ったのかについて疑いをもたれ、平成二年一月ころ、株式会社損害保険リサーチ旭川営業所の小松良則が調査のため、債務者を訪れた。

そこで、島口及び保井は、平成二年二月一日、勤務中の債権者を事務所に呼んで質問したところ、債権者は、「債務者が困るというのであれば、客に白紙の仮領収書を配ることを中止すればいいではないか。そうすればこのような問題は起こらない。チップはもらったが、たばこ銭程度で高額なチップはもらっていない。」と答えたところ、島口及び保井はそれ以上追及しなかった。

7  組合及びその上部団体である全自交旭川地方連合会は、平成二年五月一〇日、債務者が、組合とは別にエイト交通従業員組合という第二組合を結成させるなど、組合への支配介入を行っているとして、北海道地方労働委員会に対して、不当労働行為の救済申立を行った。

8  債務者は、平成二年五月一七日、債務者代表取締役鈴木行男名義で、債権者に対して、「貴殿にお訪(原文のまま)ねしたき事があり下記日時場所に御足労願いたい。

一  日時 平成二年五月二三日 一三時

一  場所 芦別市北一条東一丁目昇龍閣 四階」と記載した同月一五日付の内容証明郵便を送付した。

これと同内容の内容証明郵便は、組合の副執行委員長である大原靖夫、組合員である高橋富士夫及び田中智行に対しても送られた。

債権者らは、右文書の目的について、債務者事務所に赴いて、島口及び保井に尋ねた。しかし、島口及び保井は、「社長が呼んでいる。内容については自分たちは知らない。」と言うのみであった。そこで、債権者らは、呼出しの目的が分からないこと、それまで社長からのこのような呼出しがあったことはなく、そのころは組合と債務者とが労働委員会において係争中であったこと、五月二三日は債権者にとって休日であったことから、右の呼出しは債務者による組合への干渉であるなどと判断して、これに応じなかった、

債務者は、社長の業務命令に従わなかったとして、就業規則五条、賞罰規定一三条を根拠として、平成二年六月一日付で、大原に対して減給(一〇分の一)六か月、高橋に対して同(一〇分の一)三か月、田中に対して同(一〇分の一)五か月の懲戒処分を行った。

9 債権者は、和蛇田が平成二年五月一三日債権者の乗車するタクシー車両内にレザーワックスを塗ったため、運転中フロントガラスに光が反射して運転がしにくくなり大変迷惑を受けた。

そこで、債権者は、勤務中の同年五月二五日午後一一時ころ、芦別市内の路上において客待ち中の和蛇田を見つけ、その場で「どうしてワックスを塗ったのか。」と問いつめ、これがきっかけで、同人と口論となった。その際債権者が、ワックスを除去しようとして美観を損ねた車両の内部の様子を和蛇田に見せようとして、タクシーの運転席にいた和蛇田の右腕を両手で車外から掴んだ。そうすると、和蛇田が体を助手席の方に倒し、「破れた。」と言ったので、債権者はその手を離して、「どこが破れたか。」と尋ねたところ、和蛇田が何も言わず、背広の肩口に目をやったのみであった。

債権者は、そのあと和蛇田の背広には破れがないことを確かめてその場所を離れた。

債権者は、その日の勤務時間終了後の翌二六日午前三時ころ、和蛇田からワイシャツが破れたので弁償して欲しいとの申し入れを受けたが、肩口の縫目が二、三センチメートル程度ほころびていただけであったので、「それは破れたというのではなく、ほころびである。自分が破ったのではなく、始めからほころびていたのかもしれない。」と言うと、和蛇田はそれ以上は何も言わずに帰宅した。債権者は、同年五月二九日にも和蛇田から治療費とワイシャツ代の要求を受けたが、これを拒否した。

和蛇田は、平成二年五月二六日と六月二日、芦別市北一条東一丁目八番地所在の西村整形外科医院において、いずれも通院加療一週間を要する右肩関節部挫傷があるとの診断を受けた。

10 島口は、平成二年五月三一日、それまでに債権者から懲戒事由について事情聴取することなく、債権者に対し、同人を懲戒解雇する旨の通知書を手渡し、翌六月一日には債務者事務所の入口に「債務者は債権者を解雇したので一切の出入を禁止する。」との張紙をした。

債務者は、同日出社しようとしたところ、配車係の手代木(エイト交通従業員組合組合員)から「あなたは、入ってもらっては困る。」と拒否され、「仕事をしに来た。」と言うと、一一〇番通報され、警察官二名がパトロールカーに乗って到着する有様であった。

11 本件解雇を受ける前の三か月間の債権者の給与の手取り額は、月平均一四万六五七三円であった。

二1  以上の事実から、島口が債務者の専務に、保井が債務者の顧問に就任した平成元年ころから債務者と組合及びその執行委員長を務める債権者との関係が次第に険悪化し、従業員間においても、債権者ら従前の組合員と、和蛇田ら第二組合の組合員とが対立し、少数派となった債権者らが債務者から厳しい対応をされていた事実を認めることができる。

2  このような事情に照らし、債務者の主張する懲戒解雇事由の有無を検討する。

(一) 無断欠勤

就業規則の定め及び債務者における当時の年次有給休暇取扱手続からして、当時は、債務者の従業員が専務の机の上に年次有給休暇願を提出すれば、債務者が時季変更権を行使しない限りその請求した日時が休暇となるものと解すべきである。

そうすると、本件においては、債務者は時季変更権を行使していないのであるから、債権者が年次有給休暇願を専務の机上に提出した時点において、その時点以降が債権者の休暇となったものというべきである。したがって、無断欠勤の点については懲戒事由は存しないというべきである。

(二) 業務命令違反

一の8記載の書面の文言自体が任意の出頭を促すものか業務命令なのかはっきりしないこと、右書面に出頭の目的が何ら記載されていなかったこと、島口や保井も債権者にその目的を明らかにしていないこと、出頭すべき場所も債務者の事務所でもないこと、出頭すべき日が債権者の休日であったこと、及び当時債権者らの属する組合と債務者とが労働委員会において係争中であったことの各事情を考慮すれば、債務者の主張するような前記昇龍閣へ出頭すべき業務命令自体が存在しなかったというべきである。したがって、右業務命令違反という懲戒事由は存在しないものというべきである。

(三) 傷害

債権者が、和蛇田の右腕を両手で掴み引いた事実については、その程度及び動機に照らし、これを債権者の和蛇田に対する不法な有形力の行使ということはできないし、債権者の行為により和蛇田の右肩関節部挫傷の傷害が発生したと一応認めるに足りる証拠もないから、債権者が和蛇田に傷害を負わせたという懲戒事由は存在しないものというべきである。

(四) そうすると、債務者の主張する懲戒事由は、いずれも存在しないから、これらを理由になされた本件解雇は無効のものである。

三  債権者は、債務者からの収入により一家四人の生計をまかなっていたものであるから、その地位を保全し、本案の第一審判決の言渡に至るまで賃金の仮払を受ける必要がある。その仮払額は、平成二年六月から毎月一五日限り一四万六五七三円を相当と認める。

(裁判長裁判官 大出晃之 裁判官 野山宏 裁判官 松田浩養)

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